アクティブラーニングにおけるリフレクション-教師の好奇心-

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アクティブラーニングにおいて、リフレクションが注目されています。教師が自らの授業実践について探求的に振り返りを行うものです。従来の授業実践では旧態依然の授業を行うばかりで内省を行わない教師も多かったので、アクティブラーニングのような常に変動に巻き込まれる可能性が高い教育実践においては、リフレクションは大切になってきます。今回の記事では、リフレクションを成功させるための重要な要因として、教師の好奇心についてまとめたいと思います。好奇心があれば、昨日より今日、今日より明日というような前向きな態度で仕事を行えるようになります。それが結果的にリフレクションを質の高いものに変える原動力になるのです。今回の記事が、アクティブラーニングという不可解な概念に振り回されるのではなく、それをどう自分や学習者のためにするかというパラダイムシフトのきっかけになれば幸いです。

教師

好奇心とリフレクション

好奇心とは、わからないものをそのままにせず、探求する心というように簡単にまとめられるかもしれません。わからないものをわからないままにするのが人と常です。そして、わからないのは、わからせようとしない相手が悪いというような悪循環に陥ります。わからないことを必死で考えて、自分なりの意味を見出すことが大切になってきます。この意味づけのために好奇心は重要な要因となります。何かを見ても、それをどう感じるかは人によって異なります。それについて2くらいのことしか考えられない人もいれば、どんどん自分へのつなげていき、意味を10も20も広げていける人がいます。それはほかでもない好奇心の違いです。好奇心が旺盛だと、人は謙虚になれ、貪欲に自分の中に新しいものを取り入れる心構えを持てます。わからないをわからないのままに置き捨てるのではなく、自分なりの言葉で意味をつけられることがリフレクションにも大切です。新しいものに出会ったとき、それにどう反応するかはリフレクションの質を大きく変えます。ただおびえたり、あるいは自分とは関係のないように振舞うこともできるでしょう。しかしながら、それではリフレクションも行えず、教師は成長しません。概して、好奇心の旺盛な人とは、エンターテイメント的な要素を好みます。他人を楽しませるという語源を取っていいならば、自分の中身を開示して、他人をも巻き込み、好奇心のネットワークを広げられる教師というのは、リフレクションの大いなる可能性を持った実践者なのです。

教室

ですので、リフレクションを行う際には、教師は完成された状態でもなく、しかしながら土台はしっかりと持った状態であるのが望ましいのです。それでも前を見つめ、明日につなげようとするこころこそがリフレクションの要です。リフレクションというのは苦しみも伴うものです。誰も自分の弱さを見たくないからです。しかしながら、それを乗り越えて、明日へつなげようとする好奇心は、教師ならば誰しもが持っておく必要があるのではないでしょうか?好奇心という武器を持った教師は、アクティブラーニングでも何によってでも、学習者に好奇心をまぶせることができるのではないでしょうか?