アクティブラーニングによるユニバーサルデザインの精神の育成

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の育成

アクティブラーニングの柱は「主体性・協同性・創造性」です。特にこの中で、「協同性」というのは、長年教育業界でも議論されてきた概念であり、肯定意見から反対意見まであります。今回の記事では、アクティブラーニングにおける「協同性」が学習者にユニバーサルデザインの精神を養うために重要であることを考えたいと思います。従来のテスト「対策」を批判的にみながら、これからの教育、特にアクティブラーニングで重要とされる要素について考えたいと思います。
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アクティブラーニングとユニバーサルデザイン

教師による一方的な解説では学習者にユニバーサルデザインの精神を宿らせることは困難です。学習者が受身的に知識の習得にこだわってしまうからです。一方、アクティブラーニングにおける協同学習、学び合いは、どうすれば「良質なコミュニケーションが取れるのか」ということを学習者に考えさせるためのいい機会となります。学習者は相手と相互作用を繰り返しながら、試行錯誤を繰り返します。「こう言ったけどうまく伝わらなかった」というような試行錯誤を繰り返すのです。それにより、「どうすれば相手によりよく伝えることができるだろうか」という発想に至ります。もちろん、学級経営をきちんとしていなければ、アクティブラーニングもいじめの助長になりかねないので、注意が必要です。しっかりとした学習環境が整っていれば、学習者たちはお互いを思いやることを学びます。それは例えば、視覚障がい者にはどうすれば伝わるか…聴覚障がい者にはどうすれば伝わるか…などのようなユニバーサルデザイン的なポイントを押さえることにもつながるのです。従来のテスト対策に特化した学習ではこれは困難です。学習者は自分の本位しか考えず、時には他人を蹴落とすこともあり得ます。競争というのは、人間をゆがめるものです。
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アクティブラーニングは「競争から協同へ」という、いかにも「人間らしい」教育観に包まれています。このような教育実践を積み重ねることによって、学習者がユニバーサルデザインの精神を宿らせることにつながるのではないでしょうか?そういう若者が増えれば、社会全体がユニバーサルデザインの実現へとつながるのではないでしょうか?アクティブラーニングを無思考的な単純否定をせず、いい可能性を持つものとして、(良い意味での)批判的な考察が必要とされます。優しい社会をつくるために、人間一人ひとりが優しくならなければならないのではないでしょう?