アクティブラーニングにおける「言語」-チョムスキーとウィトゲンシュタイン-

Pocket

アクティブラーニングにおいて、「言語力」の育成が叫ばれています。言語活動の充実が重視され、言語そのものに対するさらなる理解が必要です。しかし、そもそも「どのような言語」を育成しなければいけないかという点は不明慮です。今回の記事では、アクティブラーニングにおける「言語」について、チョムスキーの理論とウィトゲンシュタインの理論を比較させながら考えていきたいと思います。アクティブラーニングにおいて重要視される「言語」とは、「コミュニケーションに使用される言語」のことで、それはチョムスキーとウィトゲンシュタインの比較によって明確になります。
言語4-300x200

チョムスキーの言語観

言語学者であるノーム・チョムスキーは言語を「理想的な話者」を想定して捉えることに挑戦しました。ここでは、会話のような他者との相互作用は考えておらず、チョムスキーの言語観では、言語は人間の個人内心理を考えるための道具という位置づけが強いです。このチョムスキーの言語観は生成文法という形で、世に出され、一躍有名になりました。これに対して、ウィトゲンシュタインは言語を社会的な捉え方をすることを提言しました。

ウィトゲンシュタインの言語観

哲学者ウィトゲンシュタインは前期と後期で論考の質が180度変わっていますが、後期ウィトゲンシュタインによると、言語は社会的な立場で考えるべきだとされています。会話を中心とした、コミュニケーションの軸から言語をとらえるべきだと主張したのです。言語は社会を形成するものであり、社会の維持のためにコミュニケーションは欠かせないものだとされています。ウィトゲンシュタインが20世紀の哲学にもたらした影響は大きく、まさに「革命」だったのです。
言語1-300x201

アクティブラーニングにおける「言語」

アクティブラーニングの柱は「主体性・協同性・創造性」です。学習者は他者と協力しながら1つのゴールを目指す必要があります。このとき使用される言語とは、まぎれもなく社会的な概念でしょう。つまり、コミュニケーションの軸に立った、ウィトゲンシュタイン的な発想による「言語」なのです。このように、社会を形成するための言語として、「言語力」を育てていかなくてはいけません。当たり前のことのように聞こえますが、市井の言語観はチョムスキーによる個人心理学的な言語観の方が多い気がします。ことばを大切にせず、他者に配慮のない言語使用を行う大人は多いでしょう。そのような大人にならないように、学習者のことばの力を育てるのがアクティブラーニングの目標です。言語を社会的な立場でとらえることによって、言語が「生きる」という究極的な問題につながっていきます。言語力しいてはコミュニケーション能力を育てるために、アクティブラーニングに対する「偏見」をなくすべきではないでしょうか?