教師は教室の王様か!?-アクティブラーニングにおいて大切なことー

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いつの時代も、教師が学習者を育てるのには変わりありません。しかしながら、その教師が誤った方向づけで、学習者を導いてしまってはいけません。今回の記事では、アクティブラーニングにおける教師が持つべき資質についてまとめたいと思います。先に結論を言っておくと、教師は(1)自分が正しいと思いこまないこと、(2)学習者をコントロールしようとしないことが大切だと考えられます。この2つについて詳しく見ていきましょう。
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自分が正しいと思いこまないこと

教師には、自分が無条件で偉いと思い込んでいる人がいるらしいです。アクティブラーニングにおいて、大切なのは、学習者の自主性を重んじ、学習者が自律的学習者になれるように手助けすることです。これは、単なる放任主義とも違います。段階を踏んで、今の学習者に何が必要かを真剣に考え抜き、適切な形で「語りかけ」ができないといけません。そのためには、教師は「自分が正しい」と思わないことが大切です。常に、「自己否定」の精神を持ちながら、自分が行っていることが正しいかどうか、省察ができる内省的実践者が、これからの教育に求められる教師像です。単に知識を伝達するだけでは、教師は人工知能などに置き換えられるのは、これまでも何度も述べてきましたが、自分が正しいと思い込み、ロボットのような振る舞いしかできない教師は、さらに用済みになり、人工知能などに置き換えられてしまうでしょう。これからの教師に必要なのは、高い感受性です。学習者の言動から、常に学ぼうという謙虚な意思が必要とされます。それには、高い感受性で、学習者の言動を1つも逃さない、高いセンサーが必要とされます。このように、自分が正しいと思い込んでいる教師は、これからの教育には必要とされなくなるでしょう。
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学習者をコントロールしようとしないこと

教師には、学習者を思いのままに操ろうとしている人がいるらしいです。アクティブラーニングにおいて、大切なのは、学習者の「学びたい」という意思を尊重し、それに寄り添えることです。自分の思い通りにいかないと、学習者を叱責したり、学習者に脅迫のようなことを行うのは、言語両断です。先ほど言ったように、学習者を自律的学習者にするには、「待つ」ということが大切です。学習者というのは、教師が思うより、鋭敏で繊細です。その「こころ」をないがしろにし、傷つけるようなことは、教師として絶対にしてはならないことです。若者をコントロールするのは「独裁者」の仕事です。学習者が期待通りに動かなくても、じっと学習者が自分の力で立ち上がることを待てる教師がこれから必要とされます。そもそも、教師が学習者に期待している内容が正しいのかどうかという、自己否定と省察的な態度が、繰り返しになりますが、教師には必要とされます。ここで大切なのは、学習者の「10年後」に語り掛けることです。目先の成績ばかり気にして、学習者を「怒る(≠叱る)」ことが多い教師は、これからの教育には歓迎されません。成績ばかり重視して、学問の喜びも知らず、テストの点数をあげる技術ばかりを考えている教師のような存在にはなってはなりません。そうではなく、学習者に何が必要かを見抜くことができ、それに対する適切な対応ができる教師にならなくてはいけません。アクティブラーニングも批判が多いですが、このような教師像に対応する教育理念であり、単純否定(あるいは逆に単純肯定)のような思考の放棄は、教師ならばしてはいけないことです。「教師とは何か?」というメタ認知的な思考が、これからはますます必要とされます。