困難校におけるアクティブラーニングの課題(3)-自己肯定感ー

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困難校におけるアクティブラーニングの課題について考えてきました。今回はその締めくくりとして、さらに学習者の心理に迫っていきたいと思います。今回は、学習者の自己肯定感という視点からアクティブラーニング困難校の関係について考えていきたいと思います。自己肯定感とは、教育におけるバズ・ワードのようになっていますが、これもアクティブラーニングと同様に、単なる「お祭り」で終わらせるのではなく、教師たちがしっかりと向き合っていくべき考えです。
学校

「荒れ」と「自己肯定感」

困難校に通う学習者たちというのは、他でもない自己肯定感の低い学習者たちがそろっています。自分たちのことを否定され続け、それによって反骨精神を鍛えてきた学習者たちの集合体です。これまで述べてきたように、学習者は人間であり、本来協同的な生物であり、創造的な生物です。今回の記事の考え方としては、これまで考えた「協同性」と「創造性」を総動員することによって、学習者たちの自己肯定感を回復させ、向上させることができるという立場に立っています。学習者たちは、協同的な活動によって、他者から肯定的なフィードバックを受ける機会を得ます。そして、創造的な活動によって生み出した作品に対する自信と他者からのフィードバックを受ける機会も得ることができます。この一連の流れの中で、学習者たちは、本来持っていた「本領」を発揮するチャンスを得ることができ、失っていた自身、そして自己肯定感を取り戻すことができるのです。そして、自己肯定感を身に着けた学習者たちは、さらに学びたいと願うようになり、主体性の復権に近づきます。お気づきのように、これらの協同性、創造性、そして主体性とは、アクティブラーニングの掲げる3つの柱でもあります。アクティブラーニングによって、「自分のことが好きになった学習者たち」はやがて「自律的学習者」へと進化していくのです。
学習者

困難校におけるアクティブラーニングの課題

ここまで、3回のシリーズでお届けした、困難校におけるアクティブラーニングに関する記事は、どれも理念的なレベルをとどめており、実際の実践にどう活かすかは、それぞれの教師と学習者たちの協同作業になってきます。もちろん、「困難校」というひとくくりの言い方は、本当は適切ではありません。学校、さらには学級において、カラーというのは日々刻々と変化しており、一律のアプローチでは効力がないことも事実です。しかしながら、これまで述べてきたように、アクティブラーニングには無限の可能性があります。これを単なる「お祭り」として、完全肯定あるいは完全否定するのではなく、「良いものは良い」として、教師が自分たちの実践に取り入れていくべきではないでしょうか?アクティブラーニングは他のシステムと同様、アクティブラーニングによってでしか、洗練されません。最後にこの言葉でこのシリーズを締めくくりたいと思います。

教育は希望を語り合うことである。(ルイ・アラゴン)