小学校における外国語活動へのアクティブラーニングの導入(コミュニケーションの素地)

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小学校における外国語活動の教科化が発表されました。これによると、2018年度から、小学校5・6年生の段階で外国語活動を教科にして、評価も行われるようになります。これに関する是非は別の機会に設けるとして、もしも教科化が決定されたのなら、それに対する対応を見せなくてはなりません。そこで有益なのがほかでもないアクティブラーニングです。今回の記事では、小学校における外国語活動とアクティブラーニングの連携について語りたいと思います。
学習者

コミュニケーションの素地の育成とアクティブラーニング

小学校における外国語活動のメインは「コミュニケーションの素地を養うこと」です。この文部科学省の表明が不明慮なため、学校現場では混乱が生じていると言います。そこで、今回提言したいのがアクティブラーニングの本格的な導入です。アクティブラーニングの主要な柱は「協同性」と「主体性」と「創造性」です。この「協同性」コミュニケーションの素地というキーワードにつながります。コミュニケーションとは、言うまでもなく、協同的な営みです。コミュニケーションの参加者がお互いに協力し合って、初めてコミュニケーションは成立に近づきます。協同性を小学校の段階から養うことにより、良質なコミュニケーションの能力を育てることができます。そのためには、従来の本質主義的な価値観ではなく、構築主義的な価値観でコミュニケーションについて考える必要があります。構築主義とは、一言でいえば、人間の意思などは社会などの外の要因から構築されるという認識論のことです。人間を個体的にとらえ、コミュニケーションを機械論的な情報の伝達のみでとらえるのではなく、人間の認識を社会的な立場から考える必要があります。アクティブラーニングにおける協同学習は、構築主義的な発想となじみが良く、これからの教育において重要な役割を果たすものと考えられます。
学習者

コミュニケーション活動を考える

構築主義的な思想によって、コミュニケーション活動を考えてみると、従来の短絡的な「英会話」でコミュニケーションをとらえることは困難になります。やや具体的にコミュニケーション活動について考えてみましょう。まず、コミュニケーションの参加者は、インフォメーション・ギャップという情報に差異がある状態を前提とします。ここで、すぐにコミュニケーションの「成立」について考えないことです。コミュニケーション参加者である学習者に「伝わらない」というもどかしい気持ちを体験させることが大切です。コミュニケーションにおいて、「伝えたい」という気持ちは、この「伝わらない」という体験からしか生まれません。コミュニケーションを「伝わる」という前提ではなく、「伝わらない」という前提に変える、パラダイム・シフトが必要になります。そして、あらゆる努力をもってして、お互いの情報格差を縮減する取り組みを行わせます。そこには、言語というメディアのみならず、様々な非言語的なメディアが重要な役割を果たすことになるでしょう。このように、コミュニケーションを単なる「英会話」として捉えるのではなく、人間が生きるために必要な要因として考えることが必要になってきます。そのためには、教師自身がコミュニケーションについてしっかりと学ばないといけません。コミュニケーションはテクニックではありません。コミュニケーションコミュニケーションによってしか洗練されません。教師自身が多くのコミュニケーションの失敗経験をつかみ、そこから内省する態度を持たないとならないでしょう。これからの教育に必要なのは、自分が正しいと思い込んでる自信満々の教師ではなく、自分の不完全さを自覚している内省的実践者です。子どもは大人の背中を見て育ちます。子どもたちの未来のために、教師をはじめとした大人たちが学んでいかなくてはならないのではないでしょうか?そのために、アクティブラーニングは重要な役割を持って機能するのではないでしょうか?
学習者