アクティブラーニングにとっての「優れた教師」とは!?

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時代は流れています。教育の世界も、様々な影響を受けながら、浮き沈みを繰り返し、前に進んでいます。この記事では、アクティブラーニングが叫ばれるようになった今日、果たして「優れた教師」とはどのような存在なのか?ということについて考えていきたいと思います。従来の教師像とは異なり、ピンとこない方もいるかもしれませんが、アクティブラーニングという新しい教育を進めるうえで、優れた教師とはどんな存在かについて考えていきたいと思います。
優れた教師

熱血教師や友人のような教師-従来の「優れた教師」

1980年代、学校は「校内暴力」が吹きすさんでいました。この頃の「優れた教師」とは、「3年B組金八先生」のような、体当たりでぶつかってくる学習者に対して、体当たりで返していくような「熱血型の教師」でした。やがて、時代は流れ、校内暴力はおさまっていきます。そこで新たな学校教育の問題として登場したのが、「いじめ」でした。1990年代の「優れた教師」とは、「GTO」に象徴されるような、学習者の視点から物事をとらえることのできる「友人のような教師」でした。しかし、2000年代以降、モンスターペアレントの大頭やインターネットによる新たないじめの形式が登場し、教師たちは疲弊に見舞われることとなります。「教師は聖職」という世間の意識も薄れ、教師の立場は弱くなっていきました。1980年代や1990年代のような「今教師を主役にした大きな物語が、2000年代以降は、あまり登場しなくなったのも、その影響だと考えられます。そして、時代は2010年代に入りました。これから必要とされる「優れた教師」とはどんな存在なのでしょうか?ここでカギとなるのが、「アクティブラーニング」です。

心を教えられる教師-アクティブラーニングにとっての「優れた教師」

2010年代以降、「こころ」の問題が表面化してきました。近年、いじめの問題が再び表面化してきた傾向があります。それも、昔に比べて悪質な陰険なタイプのいじめが頻出するようになってきました。そして、うつ病などの「こころの病気」も表立って取り上げられるようになってきたのも特徴的です。このような文脈の下で、これから必要とされる「優れた教師」とは、「学習者に寄り添える教師」ではないでしょうか?熱血とも友人のような教師とも異なる、カウンセリング・マインドの精神を持った教師をイメージすると、わかりやすいかもしれません。学習者の心を的確にとらえ、ケアしていける存在のことです。そのためには、教師はこれまで以上に「研究者」の資質を持った存在でなければなりません。これまでより多面的に、多角的に学習者を見つめられる「教養のある教師」がこれから必要とされるのです。そして、学習者が「生きる」上でのサポートをしていける存在でなくてはなりません。ここで登場するキーワードが「アクティブラーニング」です。学習者の内面の変容まで視野に入れ、学習者が自力で「生きる」ことの出来るようなケアが行える教師が必要とされるわけです。そのためには、教師は大きな声を荒げず、どちらかと言えば物静かで、学習者の心を静かに揺さぶる存在でなくてはいけないでしょう。これからの未来、それはアクティブラーニングにとって、と言っても過言ではないですが、必要とされる「優れた教師」は、「心を教えられる教師」である必要があるのです。
カウンセリング